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叙情的な文章に酔う 「江夏の21球」(角川新書) 山際淳司著

 

江夏の21球 (角川新書)

江夏の21球 (角川新書)

 

 

 

 スポーツノンフィクションライターとして活躍した山際淳司の著作の中から、野球を取り上げた作品を集めて一冊にまとめたもの。

表題作の「江夏の21球」のほか、プロ野球高校野球・社会人野球を題材にした作品が12作品取り上げられている。

 

 

 

 

 

「江夏の21球」、以前も読んだことあるけれど、やっぱり何度読んでも面白い。

1979年広島対近鉄日本シリーズ第7戦、広島1点リードで迎えた9回裏。

この回をゼロに抑えれば日本一という状況の中でいきなりノーアウト満塁のピンチを背負い、そこから三振・牽制死・三振で見事にピンチを切り抜けるという、言ってみれば「壮大なるマッチポンプ」。

でも、こんな華やかな場面を取り上げた作品は実は少ない。

何でもないフライを落球した選手、さほど熱意があるわけでもないのに甲子園に手が届くところまで勝ち上がった高校球児、昭和天皇が観覧した天覧試合で敗れた阪神タイガースの監督など、日の当たらない選手や戦いに敗れてしまった野球人の姿を描くときにこそ、この人の文章は真価を発揮する。

私が一番好きな文章が、「異邦人たちの天覧試合」で、阪神王貞治に同点ホームランを打たれる場面。

 

王貞治は、まだ十分に若かった。打てれば打てたで酒を飲み、打てなければそれなりに遊んで、夜、眠り込むときには何のわだかまりもない。そういう年齢である。

(中略)

王がその日の試合のために唯一、こだわったことと言えば、

「その前、二日間くらい酒と遊びを絶ちました」

それだけだ。

王が七回裏、バッターボックスに入ったとき、阪神ベンチではカイザー田中監督が、ピンチを迎えた小山投手に続投させようと考えている。

「エースなんだから」

「こういう試合なんだから、できるなら完投させてやりたい」

ふだんとは違う、特殊な状況での記念すべき試合なのだからと、瞬間、歴史を背負ってみたりするのは、間違いなく”老い”に向かって人生の後半戦を生きている人間の感性だろう。

そんな心情をかかえているカイザーの、つかの間の判断を、白いボールにバットをたたきつけるように振ればいいのだとそれだけを考えている若者の粗暴なまでの力がたたきのめしてしまう。

そういうものだ。

ゲームは、再び振り出しにもどってしまった。

 

「そういうものだ」という一文が染みてくる。

決して饒舌な文体ではないんだけど、叙情的というのか、描かれる人間たちの悲哀とかおかしみなんかが読んでいて胸にじんわりと染みこんでくる、そんな文章を書いてくれる。

 

 

 

 

ちなみに、2012年に文春新書から出たこの本でも、「江夏の21球」のことが取り上げられている。

 

プロ野球「衝撃の昭和史」 (文春新書)

プロ野球「衝撃の昭和史」 (文春新書)

 

 

 

 この本、タイトル通り「衝撃的」なことが書かれていた。

ノーアウト満塁で打者の佐々木恭介が、3球目に3塁線のわずかに外へ落ちるファールを打っている。

ところが、実はファールになる前にグラブに触れたからあれはフェアだった、と三塁手が告白している。

審判が正しく判定していれば、逆転サヨナラで近鉄の優勝。

江夏の21球というドラマは生まれていなかったし、山際淳司の人生も変わっていたのかもしれない。

ただ、バッターの佐々木はファールになったことよりも、その前のストライクになった球を見逃したことを生涯悔いているらしい。

「あれは一生の悔い。もう四、五十回、同じ夢を見ています。」

それは、どんな夢なのか。

「そのボールを僕が宇宙観に打ち返し、サヨナラ勝ちを収めて西本監督を胴上げしようとしている。僕は西本さんのベルトを持っているんですが、西本さんは石のようにぴくりとも動かない。”ウワァー”ともがいて目が覚める。僕はいつも布団を握ったまま寝汗をベットリとかいている。もう一回、野球人生がやり直せるのなら、あの2球目のボールをフルスイングしたい。たとえアウトになってもいいから…… 

 ちなみに、「江夏の21球」では、ファールになった打球について江夏は「絶対にヒットにならないコースに投げている」と豪語している。

佐々木が生涯悔いることになったボールについては、「ストレートを投げてストライクを取った」とあっさり片付けている。

一行で終わらせたシーンにも、一人の選手が生涯忘れられないトラウマを残すほどの物語が潜んでいた。


 

 

 

 

山際淳司の作品は、現在では本書を除くとこの作品が手に取りやすいはず。

スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

 

 


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